リキッド消費に対応したマーケティング戦略

伝統的なマーケティング理論との結びつき

このページではリキッド消費に対応したマーケティング戦略について論じてきた。そして「裾野を広げる」と「生活に溶け込む」という戦略を提唱した。しかしこれら目新しく見える戦略は、いずれも伝統的なマーケティング理論に基づいたものである。

たとえば「裾野を広げる」戦略の背後には,Ehrenbergが指摘した「ダブル・ジョパディ」(double jeopardy)とよばれる経験的法則が理論的基盤としている(Ehrenberg. 1969; Ehrenberg, Goodhardt, & Barwise. 1990; Uncles, Ehrenberg, & Hammond. 1995)。もう少し詳しく述べれば、特定のブランドに対して強いこだわりを持たず、その時々に応じたブランドを選択したり、あるいは入手しやすいものを購入するというリキッド消費が示唆する特徴が、ダブル・ジョパディ研究が前提とする市場条件にうまくあてはまるのである。そこでダブル・ジョパディ研究において検討されてきたさまざまな知見を援用することで、「裾野を広げる」戦略が導かれている。

また「生活に溶け込む」戦略では、その基軸となる「必要なときに必要なものを届けられる仕組み」を構築するために「個別的かつ柔軟な対応を実現すること」が重要だと説明した。そして具体的には(1)顧客学習による関係的知識の形成と、(2)それにもとづく顧客ニーズの予測、(3)そして関係的契約に基づく事後的対応が重要だと述べた。すでに気づかれた方もいるだろうが、これら3つのタスクは、リレーションシップ・マーケティングの基本論理  を援用したものである。すなわち「個別的かつ柔軟な対応を実現する」ための基本的な考え方は、顧客との間に関係性を構築することに他ならない。より正確には、絆や愛着といった情緒的結びつきに基づいた関係性ではなく、より少ない費用(cost)でより多くの報酬(reword)が得られるだろうという期待に駆動された、損得勘定に基づく関係性を構築することが目指される。

リキッド消費という現象についての議論は、これまでマーケティング研究で行われてこなかった新しいものである。しかしリキッド消費に対応した戦略は、伝統的なマーケティング理論と無関係でないことが理解できるであろう。

忘れてはならない2つのこと

最後に、リキッド消費の戦略について考える際に、忘れてはならない2つのことについて論じよう。

小手先の努力では不十分

これまでの議論から分かるように、もしリキッド消費に対応したマーケティングを本気で展開するつもりなら、そのブランドのマーケティングを根本から考え直す必要があるし、場合によっては組織全体で取り組む必要もある。したがって、それは主としてCEOやCMOのような経営トップのイシューであり、一般社員のイシューではない。いいかえれば、リキッド消費のマーケティングはCxOマーケティングであり、その成功には企業のトップが積極的に関与する必要がある。

それは「善い戦略」か?

リキッド消費の戦略を具体的に展開するときに最も重要となるのは、それが「善いもの」かを真剣に考えることだろう。いかに経済的に優れていたとしても、消費者を操作(manipulate)したり、彼らに嗜癖(addiction)をもたらすものならば、それは邪悪な戦略である。2つの基本戦略は、消費者にとって善いものとなる可能性もあれば、邪悪なものとなる可能性もある。マーケターはこの問題について常に自問自答するべきであるし、消費者は、ブランド選択にあたって、こうしたダークサイドの可能性を常に意識すべきである。

References

  • Bardhi, Fleura & Eckhardt, Giana M. (2017). Liquid consumption. Journal of Consumer Research, 44 (3), 582-597. 
  • Ehrenberg, Andrew. S. C. (1969). Towards an integrated theory of consumer behaviour. Journal of the Market Research Society11(4), 305–337. 
  • Ehrenberg, Andrew S. C., Goodhardt, Gerald J., & Barwise, T. Patrick (1990). Double jeopardy revisited. Journal of Marketing54(3), 82–91. 
  • Swaminathan, Vanitha, Sorescu, Alina, Steenkamp, Jan-Benedict E.M., O’Guinn, Thomas Clayton Gibson, and Schmitt, Bernd (2020). Branding in a Hyperconnected World: Refocusing Theories and Rethinking Boundaries. Journal of Marketing, 84(2), 24-46.
  • Uncles, Mark, Ehrenberg, Andrew S. C., & Hammond, Kathy (1995). Patterns of buyer behavior: Regularities, models, and extensions. Marketing Science14(3) Part 2 of 2, G71–G78. 
  • 久保田進彦 (2020a).「消費環境の変化とリキッド消費の広がり: デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討」『マーケティングジャーナル』39 (3), 52-66. 
  • 久保田進彦 (2020b).「デジタル社会におけるブランド戦略: リキッド消費に基づく提案」『マーケティングジャーナル』39 (3), 67-79.
  • 中村勇介 (2018). 「P&Gマフィア: マーケティングエリート集団はこうして生まれた」『日経クロストレンド』2018年5月号, 16-29.