リレーションシップ・マーケティング

なぜ関係を大切に思うのか

もうすこし具体的に考えてみよう。顧客はなぜ取引先との関係を大切だと思うのだろうか。自分自身が馴染みにしているお店との関係をイメージすると分かるように、その理由は必ずしも1つではない。顧客が特定の取引先を贔屓にする背後には、いくつもの理由が組み合わさるかたちで存在している。こうした理由をいったん抽象化して整理することで、顧客が取引先との関係を大切に思う理由の本質が理解できるようになる。

接近的な動機づけと回避的な動機づけ

顧客が、ある取引先との関係を大切だと思う理由は、大きく2つに分けることができる。「その相手との関係を継続すると得るものが多いから」(関係を続けるとプラスになるから)という理由と、「その相手との関係を終結すると失うものが多いから」(関係がなくなるとマイナスになるから)という理由である。前者は「接近的」な動機づけ、後者は「回避的」な動機づけといわれる。

おしゃれなアイテムを手頃な価格で揃えているアクセサリー・ショップがあったとしよう。新しいアクセサリーが欲しくなったとき、その店に行けば、いつも素敵なアイテムが手に入る。顧客にとって関係を継続する「接近的」な動機づけが存在するわけである。またこのお店には、買い物金額に応じてたまるポイント・システムもあったとする。お店の利用をやめると、それまでためたポイントが無駄になってしまうので、顧客には関係の終結を避けようとする「回避的」な動機づけが存在することになる。実際のビジネスでは、接近的な動機づけと回避的な動機づけが混在している。しかし両者を区別して考えることは大切である。

一般に、回避的な動機づけに基づくときよりも、接近的な動機づけに基づくときの方が、顧客は関係に対して積極的になる。逆に、回避的な動機づけで維持されている顧客は、しぶしぶ関係を継続している可能性がある。そして競合他社が「乗り換えキャンペーン」のような活動を行えば、このような顧客は容易に去っていく。企業をとりまく競争環境が激しさを増すほど、回避的な動機づけだけでなく、接近的な動機づけを高めることが大切になる。

接近的な動機づけが重要なのは、顧客を維持しやすいからだけではない。現代マーケティングにおいて、企業は顧客に対してさまざまな役割を期待している。肯定的なクチコミを発信してもらったり、キャンペーンに参加してもらったり、ときには製品開発のヒントを提供してもらったりする。企業は顧客に対して「積極的なかかわり」を期待している。しかし「囲い込まれた」顧客が、キャンペーンに自ら進んで参加したり、喜んで知人に推奨するとは考えにくい。しぶしぶ関係を続けている顧客にとって、その取引先と積極的にかかわろうという気持ちは生じにくいはずである。顧客は自分にとって大切な取引先だと感じるほど、関係の維持に積極的になり、ときには協力や支援を惜しまなくなる。顧客との結びつきを強化し、頑健な顧客基盤を形成することは、持続的な競争優位の源泉の1つとなる。

ただしリレーションシップ・マーケティングでは、回避的な動機づけを不要だとは考えない。顧客は往々にして浮気者だからである。もし回避的な動機づけが乏しければ、魅力的な競合他社に心が揺さぶられるかもしれない。その相手との関係を終結すると失うものがあることによって、つまり回避的な動機づけが存在することによって、顧客との関係は安定性を増す。回避的な動機づけはリレーションシップ・マーケティングにおいて、スタビライザー(安定装置)としての役割を担うことになる。