リキッド消費

リキッド消費とマーケティング研究

リキッド消費は、「消費のスタイルの大きな変化」を的確に捉えている。たとえば表からは以下のような消費者像がみえてくるだろう。

  • 特定のブランドにこだわらず、「役に立つ」ことや「コストパフォーマンスが高い」こと重視して、簡単にブランドをスイッチする。
  • 自分で所有しなくても必要な時に使えれば良いと判断し、レンタルやシェアで十分だと考える。
  • 製品やサービスがアップデートされていくことを好む。
  • SNSなどを介した「つかづはなれず」の関係を好み、他者との関係に深入りしすぎることを避ける。
  • コミュニティでは、有意義な発言や、価値ある関係が重視されるようになる。

こうして整理すると、リキッド消費という概念が消費者行動のさまざまな面と関連していることが分かるだろう。リキッド消費という観点から議論を進めることで、「移り気」で「気まぐれ」な消費者の実態を、多面的に理解できるようになる。

リキッド消費は現実の消費動向を捉えているだけではない。それはマーケティング研究や消費者行動研究における新しい視点や潮流も包括的に捉えている。

マーケティング研究の世界では、この10年間の間にいくつもの新しい視点が提示されてきた。たとえばシェアリング(Belk, 2010)、アクセスベース消費(Bardhi & Eckhardt, 2012)、所有しない消費(Lawson, 2011; Lawson, Gleim, Perren, & Hwang, 2016)、欲望のネットワーク(Kozinets, Patterson, and Ashman, 2016)、ブランド・パブリック(Arvidsson and Caliandro, 2016)、デジタル世界における拡張された自己(Belk, 2013)などである。リキッド消費は、こうした新しい研究の動きをほぼ網羅的に取り込むものであり、今日の消費環境の変化について集約的に説明しうるものといえる。

他方、消費者行動研究の領域では、この10年ほど感覚マーケティング(sensory marketing)や選択アーキテクチャーについて盛んに議論が行われてきた。石井(2020)は購買意思決定が「なんとなく」という意識によって左右されていることを指摘しているし、外川(2019)は「変容性」という概念を用いて、情報処理スタイルや選択基準などが、様々な要因によってたやすく変わっていくことを示している。さらに須永(2018)は、消費者の行動が自分自身では自覚していない感覚的な要素から影響を受けていることを実験によって示しているし、山田(2019)も消費者の「無自覚」な行動について、多くの先行研究を紹介しながら説明している。一連の研究は、消費者が無自覚で感覚的な意思決定を瞬間的に行なっていることを示唆するものであり、「移り気」で「気まぐれ」な消費行動と深い関係がある。

もちろんリキッド消費と関係が深いのは、これら新しい視点や潮流に限らない。表が示すように、ブランド・ロイヤルティ、ブランド・リレーションシップ、ブランド・コミュニティといったすでに確立された研究課題や、ファン・マーケティングやカスタマー・エクスペリエンス(顧客経験)のような実務的課題とも深い関係がある。

ファンではない消費者とどうつき合うか

リキッド消費は実務家に対しても「ファンではない消費者とどうつき合うか」という問いかけをする。ブランド・リレーションシップの重要性が浸透するにつれ、最近では「ファン」を重視するマーケティングが注目されるようになった。強いブランドを育成するには、こうした活動によって、確固とした顧客基盤を確立することが大切である。しかし、すべての消費者がファンになってくれるわけでははない。むしろ大多数の消費者にとって、そのブランドは「どうでもよい」ものにすぎないものだろう。そうした現実から目を背けず、「ファンではない消費者とどうつき合うか」を冷静に考えていくことは非常に重要である。

一定以上の大きさのブランドであるならば、つまりニッチ・ブランドでないならば、「普通の人」を取り込むことは非常に重要である。たしかに、売れているブランドにはコア・ファンがいることが多いし、マーケターは自分たちのブランドを強く支持してくれるコア・ファンを意識しがちである。その理由の1つは、彼らがマーケターにとって心地よい存在だからであろう。コア・ファンの行動や発言は、ブランドを支持するものであることが多い。いかに冷静なマーケターであっても、批判的な他者よりも肯定的な他者を好意的に感じるだろうし、そうした他者に目を向けがちになる。

もちろんファンを大切にすること(いわゆるファン・マーケティング)は、現代マーケティングにおける重要なタスクである。しかしファンばかりに目を向けるのは危険である。上述したように、一定以上の大きさのブランドは、少数の「ファン」と、多数の「普通の人」の組み合わせによって支えられているからである。

「普通の人」は、ブランドに対して肯定的な態度(良い・好き)を形成していたとしても、愛着は抱いていない。またブランドに深いこだわりを持っていないし、単に「らく」だから(どこでも売っているから、簡単に買えるから)といった理由でそのブランドを選ぶことも多い。

消費のリキッド化が進むにつれ、人々が以前ほど特定のブランドにこだわらなくなるとすれば、「普通の人」が増えていくことが予想される。リキッド消費は「普通の人」を対象としたマーケティングを行うことの大切さを示唆している。

リキッド消費の包括性

察しの良い方ならすでに気づかれたように、リキッド消費という概念が優れている理由の1つは、その包括性にある。リキッド消費という概念を用いることで、現代社会に散在している一見すると関連性の低い多様な諸現象を、一つに結びつけることが可能となる。これまで断片的にしか捉えられてこなかった現象や、無関係に思える現象を、大きな変化の一部として結びつけて考えることができるようになり、またそうすることで、社会における消費スタイルの大きな変化を説明することが可能となるわけである。

リキッド消費という概念は、マーケティング実務にとても有効である。リキッド消費というレンズを通して社会を見渡すことで、不透明に思えていた市場の変化が鮮明になってくるからである。リキッド消費という概念は、消費スタイルの変化が、さまざまな実務的課題に影響を及ぼす可能性を分かりやすく示してくれる。

アカデミック(学究的)な観点に立った場合、リキッド消費という概念がハブとして機能することで、これまでばらばらに行われてきた研究を統合的に捉えて活用することが可能となる。リキッド消費という概念は、既存の研究や考え方を一変させたり、否定したりするものではなく、さまざまな研究や考え方を結びつける、より包括的な枠組みを提供するものである。

リキッド消費という概念の優位性が、その包括性にあるといったのは、こうした意味である。繰り返しになるが、一見すると関連性の低い多様な諸現象を一つに結びつけて、あるいは組み合わせて捉えることが可能となるわけである。

見方を変えれば、リキッド消費という大きな考え方の中に、さまざまな個別的論点を組み込むことが可能となる。私はリキッド消費という概念自体について深く検討するだけでなく、リキッド消費と関連づけられるさまざまな具体的論点を、互いに組み合わせながら検討することが重要だと考えている。

ソリッド消費はなくならない

もう1つ重要なことは、リキッド消費はソリッド消費を淘汰するものではないということである。リキッド消費とソリッド消費は、明確に2つに分けられるものではなく、それぞれを極とした連続体(スペクトラム)として存在するものである。

リキッド消費概念の提言者であるバーディとエカートが「すべてのタイプの消費がリキッドに向かうという不可逆的な動きは存在しない」(Bardhi and Eckhardt, 2017, p. 12)と主張しているように、市場全体がリキッド消費化するわけではない。たとえば物質主義的な消費者ほど、リキッド消費と距離をおき、自己とブランドの結びつきを強めることで社会的な不確実性と不安を管理しようとする傾向があるという指摘もあるし(Bardhi & Eckhardt, 2017; Belk, 2010; Rindfleisch, Burroughs, & Wong, 2009)、ゆっくりとした消費をすることで、ハイペースで多忙な日常生活から逃げる機会を求める人たちがいることを報告する研究もある(Husemann & Eckhardt, 2019)。さらには「流動性はおめでたいことではなく,むしろ個人化の脆弱性を弱めるリスクと不確実性の条件に関連している」(Bardhi & Eckhardt, 2017, p. 3)という主張もある。

また、ある消費者の中にリキッド消費的な行動とソリッド消費的な行動が混在することも考えられる。たとえばバーディとエカートは、デジタルカメラの普及によって私たちは物理的なモノ(プリントされた写真)から解放される一方で、収集活動というソリッド消費的な行動は続けていると論じている。

つまり、ブランド・ロイヤルティやブランド・リレーションシップといった現象が消えてしまうわけではないだろうし、リレーションシップ・マーケティングの有効性がなくなるわけでもないのである。コア・ユーザーやファンを対象としたマーケティングも、当面のあいだは続いていくはずだ。すべての消費がリキッドに向かうわけではなく、これまで通りソリッド消費も残るということは、「リキッド消費という概念を、消費スタイルのシフトではなく拡張だと理解すること」(久保田 2020b, p. 77)がきわめて重要だということを示唆している。リキッド消費という概念は、マーケティング関係者の視野を広げてくれるものである。

実務家にとっては、ソリッド消費とリキッド消費の双方を意識した、ハイブリッドなマーケティング活動が大切となるだろう。しかし、こうした大局的な戦略策定は、現場で活躍するマーケティング担当者の意思決定範囲を超えたものかもしれない。自社のマーケティング活動を根本から考え直す必要があるし、場合によっては組織全体で取り組む必要もあるからだ。適切な対応には小手先の努力では不十分だという点で、リキッド消費のマーケティングは、CxOマーケティングだといえる。