リキッド消費

リキッド消費

あるマーケティング・リサーチ専門家は、こうした移り気で気まぐれな市場を、「砂つぶをつかむよう」と評していた。一人ひとりの消費者は見えている。しかし彼らをつかもうとして強く握りしめると、指の間からこぼれ落ちてしまう。こうした市場や消費者のようすを巧みに捉えたのが、「リキッド消費」(liquid consumption 液状化消費)という概念である。この概念はフルーラ・バーディ(Fleura Bardhi)とギアナ・エカート(Giana M. Eckhardt)という、2人のイギリスの研究者によって2017年に提唱された。

リキッド消費は、著名な社会学者であったバウマン(Bauman, 2000)の「リキッド・モダニティ」(液状社会)論を理論的基盤としている。バウマンは社会全体が、安定的で持続的な仕組みによって形づくられている固体(ソリッド)のような状態から、特定の形を持たず、その姿を自由に変える液体(リキッド)のような状態へと変化してきたことを指摘したが、バーディとエカートは、こうした変化が消費のなかにも生じていることを指摘したのである。

リキッド消費はソリッド消費と対比される概念である。伝統的な市場観では、消費者は物を購買し、所有し、それを使用したり利用すると考えてきた。しかし私たちはいつのまにか、物の所有だけでなく、物・情報・サービスの使用や利用から得られる経験も重視するようになってきた。かつて主流であった安定的な消費をソリッド消費(固体的な消費)とするならば、今日みられるようになった流動的な消費はリキッド消費(液状化した消費)といえる。消費者の行動はよりいっそう流動的となり、変化に富んだものとなった。

短命で、アクセス・ベースで、脱物質的な消費

リキッド消費とは、「短命で(ephemeral)、アクセス・ベース(access based)で、脱物質的(dematerialized)な消費」(Bardhi and Eckhardt 2017, p. 1)と定義される。

短命性とは、価値が文脈特定的となり、その寿命が短くなることである。その場その場に応じて、次から次へとテンポ良く楽しむ消費をイメージして欲しい。ある場面で感じた価値が、別の場面では感じられなくなることで、価値の有効期限は短くなる。価値の短命化の背景には,社会構造の変化がより速くなっていること、技術の進歩によって製品ライフサイクルが短くなっていること、現代の消費システムの中に製品の陳腐化を知覚させる仕組みが組み込まれていることなどがある。

アクセス・ベース消費とは「市場が介入できるものの、所有権の移転が生じない取引によって構成される消費」(Bardhi and Eckhardt 2012, p. 881)のことであり、物を購入して所有するのではなく、一時的にアクセスして経験を得る(そしてその経験に対して対価を支払う)消費のことである。したがってアクセスベース消費とは「何を買うか」ではなく、「どのように買うか」の問題、つまり買い方の問題である。より正確に述べれば取引対象ではなく、取引形態についての問題である。

アクセス・ベース消費では、お金を払って所有権を得るのではなく、お金を払って使う権利を得ることになる。こうした消費はリゾート・ホテルへの宿泊(サービスの消費)や、天気予報の利用(情報の消費)など、以前から存在した。しかし最近ではレンタル、シェアリング、サブスクリプションなどが注目を集め、以前にも増して多くなっている。アクセス・ベースの消費によって、人々は所有がもたらす重荷から解放され、変化に富んだライフスタイルを楽しめるようになる。自分が持っているものに縛られず、色々なものを楽しむことが可能となるからだ。たとえば自分のクルマを所有せず、カー・シェアリングを利用すれば、その時々に応じたクルマに乗ることができるだろう。

脱物質とは、同じ水準の機能を得るために、物質をより少なくしか使用しない、あるいは全く使用しないことである。かつて私たちは、ネガやプリントという物質の状態で写真を保有していたが、いまや、ほとんどがデジタル・データである。また大切な人を喜ばすために、モノを贈るのではなく、気の利いたパーティーをプレゼントするとこともある。消費における脱物質化は、たとえば有形財がサービス財に置き換えられたり,デジタル製品や情報製品(ソフトウェアなど)が普及したりといった具合に、非物質的な財(サービス財や情報財)が増加したことと、消費者自身がモノよりも経験を重視する傾向が強まったことで加速している。

ブランド消費のリキッド化

バーディとエカートは2017年に発表した論文の中で消費環境がどのように変化しつつあるのかを議論しているが、私も自分自身の視点をふまえて消費のリキッド化について検討を行っている(Kubota 2020a, 2020b)。表はバーディとエカートの主張を、ブランド消費という側面から整理したものである。