リキッド消費に対応したマーケティング戦略

「裾野を広げる」戦略

「裾野を広げる」戦略とは、手軽で買いやすい状態を提供することで、できるだけ多くの消費者を自社ブランドのユーザーとして獲得しようとするものである。その内容は、おおむね以下のようなものである。

  • 消費者がブランド間を頻繁にスイッチングすることを前提としたうえで、自社ブランドを大量に購買してくれる消費者(いわゆるロイヤル・ユーザー)だけでなく、購買額や購買頻度が相対的に低い消費者にも目を向けていく。
  • 市場浸透率を高めることを目標とし、より多くの消費者を自社ブランドのユーザーとして取り込もうとする。つまり「裾野を広げる」ことを目指す。
  • そのために、消費者にとって、手軽で買いやすい状態を提供する。

「裾野を広げる」戦略には、3つの下位戦術が考えられる。それぞれについて簡単に整理しておく。

戦術1:選択・購買・使用を容易にする

その場に応じた価値(とりわけ使用価値)を、簡単に選び、手に入れ、使えるようにする。

ポイント1:分かりやすくする

  • それは何なのか、どのように良いのかが、簡単に分かるようにする。
  • 知識が乏しかったり、動機づけが十分でなくても、選ばれやすくする。

ポイント2:手続きを簡単にする

  • 簡単に手に入り、簡単に使用できるようにする。
  • 購入や使用に伴う手続きを自動化したり、省力化したりする。

ポイント3:安心感を高める

  • 消費者が、自分自身の選択に間違えがないこと簡単に確証できる仕組みをつくる。
  • お墨つきを与えたり、他者に褒めてもらえるような仕組みをつくる。

戦術2:消費者が多様性を楽しめるようにする

その時々の場面や状況に合わせて最適なブランドを消費したいという、バラエティを求める消費者の欲求に応えようとする。

方法1:特定のブランドを使用し続けながら、変化に富んだ消費を経験できるようにする。

  • 消費者が飽きることのないように、頻繁に新製品を発売したり、リニューアルを続けることで、多様性を提供する。

方法2:消費者を特定のブランドに留めることをあきらめ、積極的にバラエティー・シーキング行動を支援する。

  • ブランド・ポートフォリオを充実させ、極力自社ブランド内を回遊してもらえるような仕組みをつくる。

戦術3:非能動的な選択を促す

深く考えずに、とりあえず買ってみることを促す。

方法1:偶発的な選択の確率を高める

  • たまたま目についたから買った、たまたま思いついたから買った、ということを生じやすくする。
    • ブランド認知とセイリエンス(顕現性)を高める。
    • 入手容易性(availability)を高める。

方法2:無意識的あるいは習慣的な選択の確率を高める

  • 消費者にとって、気がつかないうちに、いつのまにか特定のブランドを選択しているような仕組みをつくる。
  • このためには感覚マーケティング(sensory marketing)や選択アーキテクチャー(choice architecture)の知見を活用する。

「裾野を広げる」戦略を実践するうえでのヒント

「裾野を広げる」戦略を実践するためのヒントについて述べることにしよう。

「普通の人」の大切さを意識する

現代マーケティング研究の成果の1つとして、ブランドには一定の「ファン」がいることが明らかになってきた。より正確に述べれば、ブランドにはリレーションシップを形成している顧客(ブランドに対して心理的な結びつきを形成している顧客)が存在する 。また実務的には、売れているブランドにはしばしば熱狂的な「コア・ファン」がいることが指摘されており、こうした人たちを対象とした活動は「ファン・マーケティング」などと言われている。

頑健な顧客基盤を構築し維持するという観点にたてば、ブランド・リレーションシップの形成は非常に重要であるし、ファンを大切にすること(つまりファン・マーケティング)は重要な実務的タスクである。しかしファンばかりに目を向けるのは危険である。なぜなら一定以上の大きさのブランドは、少数の「ファン」と、多数の「普通の人」によって支えられているからである。

マーケターは自分たちのブランドを強く支持してくれる「ファン」を意識しがちである。なぜなら彼らはマーケターにとって心地よい存在だからである。多くの「ファン」は、ブランドのことを褒めてくれ、肯定的なクチコミをしてくれ、しかも定期的に購買してくれる。これに対して「普通の人」は、ブランドに肯定的な態度(良い・好き)を形成していたとしても、愛着を抱くほどではない。そのブランドに深いこだわりを持っているわけではないし、ただ単に「らく」だから(どこでも売っているから、簡単に買えるから)といった理由でそのブランドを選ぶことも多い。

マーケターが「普通の人」よりも「ファン」に目を向けたくなる気持ちも理解できる。しかし繰り返しになるが、一定以上の大きさのブランドであれば、少数の「ファン」と、多数の「普通の人」によって支えられていることが一般的である。ある程度の大きさのブランドであるならば、つまりニッチ・ブランドでないならば、「普通の人」を取り込むことは非常に重要である。

こうした「普通の人」の大切さは一般論としても指摘されるが、リキッド消費の文脈ではさらに強調されることになる。なぜなら消費のリキッド化にともない、ブランドに対するロイヤルティやコミットメントがいっそう希薄化したり、愛着が流動的になると考えられるためである。消費のリキッド化が進むにつれて「普通の人」が増えていくわけである。したがってリキッド消費環境において、より多くの消費者を自社ブランドのユーザーとして取り込み、裾野を広げていくには、「普通の人」を対象としたマーケティングを行うことが大切となる。

FMCGのマーケティングから学ぶ

「普通の人」を対象としたマーケティングを行う際に参考となるのが、FMCG(fast moving consumer goods)のマーケティングである。FMCGのマーケターは、コモディティ化が著しい世界で激しい競争を繰り広げている。気まぐれで移り気な消費者を相手にするにために、こうしたマーケティングは参考になることが多い。

FMOTとSMOT

たとえばP&GのCEOであったアラン・ラフリー氏は、FMCGマーケティングにける2つの重要ポイントを指摘している(中村 2028. p. 18)。1つめのポイントはFMOT(first moment of truth)である。これは商品陳列棚で商品を目にした数秒間のことであり、FMCGの場合、この数秒間で購入されるかが決まる。2つめのポイントはSMOT(second moment of truth)である。これは購入後、実際に商品を使用する瞬間のことであり、この瞬間に消費者を満足させないと、売り上げは失速する。FMOT+SMOTという考え方は「裾野を広げる」戦略を実践するうえで大きなヒントとなるだろう。

もちろん「普通の人」を対象としたマーケティングの成功例はFMCGだけに限らない。多くのアパレル企業がファッションに興味がある人をターゲットにしたのに対して、「ユニクロ」はファッションに無関心な人のアパレルとして成功した。また大半のオーダー・スーツが細部にこだわる人を対象としているのに対して、「ザ・スーツカンパニー」は店舗に行けさえすれば、あとは何も選ぶ必要がない「いくだけオーダースーツ」を展開している。世の中にはファッションに興味があり、多くの時間とお金を費やす人もいる。しかし大多数の人は、それほどまでではない。上述した例は、こうした「普通の人」を対象とした巧みなマーケティングだといえる。