リキッド消費に対応したマーケティング戦略

ここではリキッド消費に対応したマーケティング戦略(特にブランド・レベルの戦略)について検討していく。なお本ページは「リキッド消費」 のページの続編である。

はじめに

リキッド消費という概念を提唱したバーディとエカートは、リキッド消費について「消費者が物を所有したくなかったり、アイデンティティに合わせた消費をしたくなかったり、ブランドとの間に結びつきを作りたくなかったり、あるいは同じブランドを使っている人と結びつきたくなかったりする理由や様子の理解に必要な理論的ツールを提供する」(Bardhi and Eckhardt 2017. p. 2)と述べている。

彼女らの指摘から分かるように、リキッド消費環境では、ブランドに対するロイヤルティやコミットメントが低下すると考えられる。つまり消費者とブランドの関係は取引的なものとなり、その結びつきはより緩く、簡単に処分できるものになっていく。またソリッド消費において価値が見いだされる「頼りがいがあり、信頼できるパートナーとの安定した関係」は、リキッド消費ではお荷物となる。

より現象的な側面に目を向けた場合、リキッド消費環境において、消費者はその時々に応じて最適なブランドとつき合うようになる。また所有にこだわらず使用や消費できればよいと考えるようになり、経験に価値を見いだすようになる。このため、より大きな効用を追い求める変化に富んだ消費が志向されるようになる。

こうした消費環境において、マーケターはどのような戦略を採用したらよいのだろうか。あるいは「気まぐれな消費者」たちに、どう対応したらよいのだろうか。リキッド消費に対応したマーケティング戦略について、特にブランド・レベルでの戦略について考えていく。

なお上述したように、このページは「リキッド消費」 のページの続編として執筆されている。あらかじめ「リキッド消費」のページをお読みになったうえで、本ページをお読みになることをお勧めする。またこのページは拙稿「デジタル社会におけるブランド戦略」(久保田 2020b)の一部をベースにして、リキッド消費の戦略を簡潔にまとめたものである。より深い理解のために「デジタル社会におけるブランド戦略」 もあわせてお読みいただきたい。

リキッド消費環境における消費者行動

リキッド消費の特徴

はじめにリキッド消費の特徴を再確認しよう。まずリキッド消費には、(a)短命性、(b)アクセス・ベース、(c)脱物質  という特徴がある。またより具体的に述べれば、(a)人々が個々のブランドに対して一時的にしか価値を見出さなくなり(ブランドの価値が文脈特定的となることで、その寿命も短くなり)、(b)所有にこだわらず、その時々に応じて、最適なブランドとつきあうようになり、(c)使用や消費できれば良いと考えるようになることで、モノではなく経験に価値を見いだすようになる。結果として、人々は消費にバラエティ(多様性)を求めるようになり、移り気で気まぐれな傾向を強め、マーケターにとって「砂つぶをつかむよう」 な存在となる。以下ではこうしたリキッド消費の特徴について若干の検討を加えてみる。

リキッド消費の基本的志向性

下に示した表は、リキッド消費環境におけるブランド消費の傾向について整理したものである。表に示されているようにリキッド消費はブランド消費のさまざまな側面に影響を及ぼすことになるが、これらを俯瞰することで、リキッド消費の基本的な志向性がみえてくる。それは、(1)その時々の文脈に応じて、最適なブランドを消費しようとすることと、(2)ブランド選択をより実利志向的な基準で行うようになり、ブランドを消費することから得られる現実的なベネフィットをいっそう重視するようになることである。またこれらは互いに独立しているのではなく、交互作用的な関係にあり、実利志向によって、その時々に応じて、最適なブランドを消費しようとする傾向はさらに拍車がかかることとなる。特定のブランドにこだわらず、その状況ごとに、より大きなベネフィットを得られるブランドを選択しようとするからである。
リキッド消費環境におけるブランド消費傾向

リキッド消費の行動的特徴

こうしたリキッド消費の基本的な志向性は、リキッド消費の行動的な特徴としてあらわれる。その時々に応じて最適なブランドを消費しようとする結果、(3)消費者のニーズは流動的なものとなり、(4)ブランドとの関係は身離れの良いものとなる。上述した(i)文脈適応的で実利志向的であることをリキッド消費の基本的な志向性とすると、それは(ii)より大きな効用を追い求める変化に富んだ消費という消費行動によって支えられることになるわけである。

基本的志向性と行動的特徴

ここで「リキッド消費の基本的志向性」と「リキッド消費の行動的特徴」について整理しておくと、後者が外部から観察しやすい具体的な行動であるのに対して、前者がそれをもたらしている価値観、動機づけ、あるいは判断基準といえる。つまり「リキッド消費の基本的志向性」とは「リキッド消費の行動的特徴」の背後にある駆動力であり、なぜそうした行動が生じるかを説明するものである。あるいは「リキッド消費の行動的特徴」とはリキッド消費の基本的志向性」の結果であり、そうした志向性はどのような行動をもたらすかを示すものである。このようにリキッド消費の特徴を「基本的志向性」と「行動的特徴」に分けることで、それらに対応した戦略を導きやすくなる。

リキッド消費環境における消費者行動とマーケターの基本的課題

マーケターの課題と戦略

文脈への適合と消費の手軽さがもたらす心地よさ

リキッド消費の特徴に続き、マーケターの課題について検討していく。リキッド消費環境におけるマーケターの課題は、上述した(i)「基本的志向性」を理解したうえで、(ii)「行動的特徴」に対応していくことであり、具体的には「より大きな効用を追い求める変化に富んだ消費」への対応となる。

そしてこのためには(5a)文脈に応じて(場面や状況に合わせて)製品を変化させたり、あるいは最適な製品を組み合わせて、消費者のそのときのニーズにフィットした価値を提供することと、(6a)選択や購買や使用に伴う消費者の労力を低減する(売り手が代行する)ことで、より簡単に、その文脈に応じたブランドの消費を可能とすることが重要となる。なぜなら上述した「より大きな効用を追い求める変化に富んだ消費」を実現するには、(5b)その時々に応じた選択肢が提供され、(6b)なおかつそれらをより少ない努力で自由に選択したり消費したりできることが求められるためである。すなわち、リキッド消費を前提としたブランド・マーケティングでは、(5)文脈への適合(contextual fit)と、(6)ブランド消費の手軽さ(easy consumption)を実現することがポイントになる。

また(5)文脈への適合と(6)消費の手軽さという2つの効用を得ることで、消費者は(7)心地よさ(comfort)を感じることになる。なぜなら、いつでも、簡単に、その場に応じたブランドを消費できることで、消費者の快適性はいっそう高まるためである。この(iii)文脈への適合と消費の手軽さがもたらす心地よさ(時間や手間をかけることなく、すぐさま簡単に、その場に応じた満足が得られる心地よさ)は、リキッド消費に対応したブランド戦略の鍵となると考えられる。これは、その瞬間を楽しむタイプの消費を理解する鍵として説明した「速度、変化、手軽さ」  と対応していることに注意して欲しい。

2つの基本戦略

「文脈への適合と消費の手軽さがもたらす心地よさ」という課題に対して、どのような戦略を考えることができるだろうか。私は現時点において、(8)「裾野を広げる」戦略と、(9)「生活の中に溶け込む」と戦略の2つが導出できると考えている。これらはいずれも、文脈への適合と消費の手軽さがもたらす心地よさを、消費者に提供するものである。

以下では、それぞれの戦略について説明していくことにしよう。