事例分析:無印良品

無印良品というブランドは不思議である。「ファン」が多いような印象を抱くが、実際はそうでもない。私はブランド・リレーションシップ(消費者がブランドとの間に感じる心理的な結びつき)  を測定する尺度を開発し、さまざまなブランドの実態を調べてきた。この尺度は商用パッケージ にもなり、すでに多くの企業が活用している。ところが無印良品の顧客に対してブランド・リレーションシップを測定してみると、その平均値は必ずしも高くないのである。おそらく熱心なファンは存在するものの、それ以外の一般的な人を数多く顧客として抱えているのだろう。目玉焼きのたとえを用いれば、黄身の部分に対して、白身の部分がかなり大きいのである。こうした特徴を持つ無印良品のマーケティング活動を検討すると、そこには「裾野を広げる」戦略  をみることができる。

以下では無印良品のマーケティング活動を「裾野を広げる」戦略という視点から分析してみることにする。なおこのページは「リキッド消費」  および「リキッド消費に対応したマーケティング戦略」  の続編として執筆されている。あらかじめ「リキッド消費」および「リキッド消費に対応したマーケティング戦略」をお読みになったうえで、本ページをお読みになることをお勧めする。

普通の人のための雑貨

「無印良品」のウェブサイトには「無印良品の未来」  というタイトルのブランド・メッセージがある。そこには「無印良品が目指しているのは『これがいい』ではなく『これでいい』という理性的な満足感をお客さまに持っていただくこと。つまり『が』ではなく『で』なのです」と記されている。このメッセージは2002年に書かれているので、少なくとも20年近くにわたって、「これがいい」ではなく「これでいい」(無印でいい)というコンセプトを貫いてきたことになる。

もちろん「無印良品」というブランドは、低品質だが低価格というポジションを目指してきたわけでない。上述したメッセージ・ページでは、無印良品のブランド・ヴィジョンは「あきらめや小さな不満足を払拭していくこと」によって「明晰で自信に満ちた『これでいい』を実現すること」だと述べられ、すべての商品を「徹底的に磨き直し」て、高い品質を維持すると誓われている。

これらのメッセージからは、「無印良品」というブランドが、一定の品質を維持しつつ、必要以上の個性を意図的に抑えることで、誰にでも受け入れられるポジションを目指してきたことが分かる。「無印良品」は、こうした中道的なポジションを一貫することで、「普通の人のための雑貨」という地位を獲得してきた。

経年という概念のないブランド

「無印良品」の成功の背後には、普通の人を対象とする戦略が存在する。しかしこのブランドが成功した要因は、ターゲット顧客の広さだけではない。リキッド消費環境で求められる「速度、変化、手軽さ」  に対応していることも重要な要因だと思われる。

あまり指摘されることがないが、「無印良品」は「経年」という概念のないブランドである。私は以前、千葉商科大学の増田明子先生のご著書『MUJI式』について書評を書いたことがある。以下はその一部である。

評者自身も以前から無印良品のアイテムを数多く利用してきた一人であるが、同ブランドの愛用者として常々感じていることが一つある。それはモデルチェンジや仕様変更の多さである。たとえば一年前に購入したお気に入りのアイテムを買い足そうとして店におもむいても、いつの間にか違うデザインのアイテムが並んでいる。消耗品ならともかく、家具のようなモジュール型製品の場合、これは致命的である。結果的に評者は、無印良品に対して「長く使うことのできないブランド」という印象を持っていた。

奇しくも2016年5月に行われた日本広告学会クリエーティブフォーラムで、HAKUHODO THE DAYの佐藤夏生氏が同じような指摘をした。彼は「無印良品には『経年』という概念がないのではないか」ということを、良品計画の会長である金井政明氏に問うたが、金井氏から明確な返答はなかった。

無印良品のこのような性質は、本書の中にも記述されている。たとえば68ページには「MUJIには定番商品も多いが、一方で新しい製品も次々と開発されている。短期販売される商品は、発売されてから数ヶ月で棚から消える」とある。筆者自身も「今の暮らし・・・・・を大事に作り上げる人から選ばれている」(p.50・傍点評者)と認めるように、無印良品とは変化を前提とするブランドなのだろう。

もちろん評者は無印良品のこのような特徴を批判しているのではない。世の中には経年を志向するブランドがあれば、今を大切にするブランドもある。

『日経広告研究所報』291号

リキッド消費環境において、消費者は特定の消費対象に留まるのでなく、その時々のニーズにあわせて、他の消費対象へと移っていく。「経年」という考え方を重視しない「無印良品」のスタイルは、こうした状況にあわせた変化を好む消費にフィットするものである。「無印良品」の強みは、「普通の人」をターゲットにしただけではなく、彼らが次々と新しいアイテムを消費していく枠組みを提供していることにもあるわけだ。

「無印良品」には手が届きやすい価格、ブランドの意味の分かりやすさ、そして経年を重視しないスタイルといった特徴がある。そして「普通の人」をターゲットにするとともに、リキッド消費環境で求められる「速度・変化・手軽さ」を促す仕組みを持っている。「裾野を広げる」戦略がみごとにあてはまるブランドだといえる。

リアル・プラットフォーム

無印良品には「裾野を広げる」戦略を支える仕組みが、もうひとつある。気ままで、移り気な消費者に対応するには、彼らが飽きることのないよう、多様性(バラエティ)を提供することがポイントとなるが、無印良品はこうした面にもうまく対応している。ある雑誌の編集者と雑談していたときに、こんな話を聞いたことがある。

私も無印良品に雑貨を買いに行くことがあります。ちょっとした小物であったり、文房具であったり…… そんなとき、ふと横を見ると、ジャケットが陳列されている。すると、なんとなく試着し、なんとなく買ってしまう。消しゴムを買いに行って、ついでにジャケットも買ってしまう。無印良品というのは不思議な店ですよね。

こうした併売行動は、さまざまなカテゴリーの製品が「同じ空間の中」に存在していることによって生じるのだろう。仮に同じ距離に存在していたとしたとしても、ジャケットが陳列されていうのが隣の店の中だったら、「ついでに」試着して購買する確率は相当低くなるはずだ。心理的な障壁(バリア)が生じるからである。

消費者Aからみて、小売店Xと小売店Yが同じ距離に存在したとする。このとき小売店Xだけが線路の向こう側にあったとしよう。ただし線路と道路のクロスは踏切でなく、高架式である。小売店Xには、いわゆるガード下をくぐって行くことができる。合理的に考えたら、消費者が小売店Xと小売店Yに行く確率は同じ確率だが、実際にはそうならないことが多いようである。同じ距離あっても、「線路の向こう側」という気持ちが心理的な障壁を生み出し、行動を阻害するらしい。

このような心理的な障壁は「同じ空間の中」に存在することで低くなる。客観的な距離や手間でなく、消費者が感じる距離や手間(知覚距離や知覚労力)の低減が、その中を歩き回りやすくするポイントになる。

アマゾンに代表されるプラットフォーム型のECサイトでは、同じ空間の中に多彩なアイテムをちりばめることでサイト内を回遊する楽しさを実現し、深く考えることなく、なんとなく購買してしまう状況をつくりあげているが、無印良品の実店舗もこれとほぼ同じ機能を持っている。店舗内を回遊させることで、予定外のクロス・バイイングを誘発しているのである。無印良品は、いわば「リアル・プラットフォーム」を実現することで、気ままで、移り気な消費者に多様性を提供することに成功している。

References

  • 久保田進彦 (2017). 「MUJI式: 世界で愛されるマーケティグ(書評)」『日経広告研究所報』第51号1巻,62ページ
  • 増田明子 (2016). 『MUJI式: 世界で愛されるマーケティング』日経BP.
  • 無印良品 (2002). 「無印良品の未来」Retrieved from https://www.muji.net/message/future.html